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匿名希望のこーやま

Author:匿名希望のこーやま
北海道に生まれ育ち、現在は東京住み野郎。
音楽とネコ、車とサッカーアルゼンチン代表を愛する心優しき菜食主義者。

大好物はやきとりと酒♪
飲んで呑まれて~(笑)
な、へべれけ人生。

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真夜中に憤ってみる

今朝のこと。



時間厳守の納品先があるとね、到着する時間帯によって渋滞なんかを考慮して早めに出発するのが鉄則。

そうするとさ、予定より随分早く着いちゃうこともよくあるんだ。



そんな時にとても便利なのがコンビニの駐車場。

買い物も出来るしトイレも借りられる非常にありがたいスペース。



今朝も駐車して待機したんだけど。

向かいに駐車してる軽の1BOX、3人乗ってる。
作業着だから工事関係だな。



するとね、後部の窓からタバコの吸い殻がポーンと飛んでった。
煙が上がってるから火は点いたまま。

助手席からは使い終わったティッシュがポンポンと捨てられて、運転席からも鼻をかんだんかティッシュが捨てられた。
奴らが出て行った後には8つも使い終わったティッシュが散らばってた。



なんかね、意味なく胸が痛んだ。

あぁ、生きてるのが嫌になってくる。
別に自分が完璧な訳じゃないし、パーフェクトじゃない。

偉そうに誰かを指摘出来るような立場でもないしさ、でもなんて言うのかな。



逆にわざわざそんなことしなくてもさ、なんら大きな徳を得られるもんでもないじゃん?

それ、他の誰かが手間かけて掃除するんだぜ?
自分の仕事場でさ、お前の前に居た誰かがそんな事してったら憤らんのかい?



ぼくが住んでる世田谷区はさ、全域禁煙になったんだ。

でもね、ぼくみたいな作業着着て出勤する底辺な人間の前をスーツをビシッと決めたカッコいい大人がさ。
タバコ吸って歩いてる。

子供が生まれ奥さんが言うんだ、子供のためにも部屋では禁煙ね!
だからタバコはベランダ出て吸う。←あ、これ妄想w



家ではルール守るんだろ?

だったら駅までのこの道ではどうして平気な顔して?
家から離れたコンビニだからもうどうでもいいんか?



ほんっとオマエさ、マジで死んじゃえばいいのにって思う自分にガッカリする。

でも、誰もぼくも見て見ぬ振りな現実。



日中ね、池袋で大きな交通事故があって。
まだ若いママと生まれたばかりのお子さんが犠牲になったの。

オマエさ、なんでそこで一緒に巻き込まれなかったんだよって本気で思うのよ。

お前の家族さ、クソみたいにおっ死ねばさすがのお前も少しは自分の行い悔いるか?
お前くらいになるとそれも人のせいにして悲しみもしないか。

お前さ、涙流したことあるか?
そん時どんな気持ちだったん?



品がないんだよ、粋じゃないんだよな。


ぼくもパーフェクトじゃないのにこんなこと偉そうに書いてるのは申し訳ない。

でもさ、こんなぼくでもだね。
すんげー辛い気持ちになるのさ。

意味なく死にたい気分になる。



こんな世の中じゃん、せめて自分が生きる狭い範囲だけでも愛に包まれたい。

ほんと胸が痛んで嫌な気持ちになったんだな。



ぼくはさ。

どうせみんなそうだから、とか。
ぼくだけやっても無駄でしょ、とか。

流されないようにやっていく。

誰のためでもなく、それは全て自分のためなんだから。

仏の顔も?三平です

最高ではないかもだけど。

いい時間。
今を、この時をそう思って過ごしたい。



懸念事項は山ほど、問題は山積み。

自分を悩ますその問題ってヤツのほとんどはさ、とても些細なこと。



ほんの些細なこと。

でも、だから言わせてくれるかい?



塵も積もればマウンテン。←出た名言←いや迷言w

小さいことの積み重ねってさ、デッカい一回の大ミスより許せないシチュエーションに繋がるもんだよね。



仏の顔も三平ですだっけ?
なんかそんな言葉あるでしょw



最高ではないかもだけど、いい時間を過ごしたいんだよ。

ほんの小さいことだけど。
そういうものに目が届く人間でありたい。

40代、一年を残し結論

四十にして不惑という言葉がある。

孔子とかいう偉い方の言葉だったと記憶してるんだが。



10代で学問を得て

30代で学を基に独立

40代で迷い消え

50代でふりだしに戻る←そうは言ってないw



これ、20代はどうなんだろ?
荒れるかな。←それは自分w



でもなんかそんな解釈でしょ。
違うかw



言っちゃえばさ、49歳ともなれば40代のベテランよ。
ましてやぼくくらいになるとさ。

相当40代を網羅して来た大ベテランなはず(笑)

だからあと1年残してでも早々に結論づけちゃう(≧m≦)ププッ



結論。

四十にして不惑とは。



うそ八百w

である。



これだけは言い切れる悩まない日なんてなかった(笑)

反対にこうも思うくらい。



悩んでる事こそ生きてる証w



悩みとは。
何かについて考えてるって事なんだと思うんだね。

考えなくなったら人は終わり。



不感症になるな。

なんて思いながらちょっと調べてみたらさ。



不惑の惑と言う漢字が違うんじゃないか説ってのを発見w

本来は「惑」ではなく、「或」だって話。



辞書にはこうある。

或る=はっきり名を挙げずに物事をさす語。
また、漠然と物事をさしていう語。
「或る所」「或る日」「或る人」

だって。



要は、「自分を限定せずもっと可能性を広げる」ってこととも解釈出来る。



うそ、悩まなくても良かったの??

この10年のほとんどを無駄にしたかもしれないww

あ、いや。
あと一年あるんだから取り戻すことも出来なくない!!



と、バカみたいな根拠なきプラス思考野郎w

いい方向にも悪い方向にもメーターが振り切れるレスポンスの良さだけが取り柄のバカww



と言うことで総括



考えたところで答えは出ない。

一つ一つ、大事にやろうw



なんかぼんやりだけど。

未来が見えたような。。
見えないような。。。(笑)



眠れぬ日は当分続きそうだw

49ってなんだよ!

今日、4月15日はぼくの生まれた日。

お姉ちゃんの時に比べてとにかく難産だったらしい。



予定日を過ぎること2週間以上、そうして陣痛が始まって。

16日に日付が変わろうとする数分前、ようやくこの世に現れたのは男の子。



でもさ、兄妹の上も下も女性、父親は家族のために一生懸命に働いててさ、帰宅時間は決まって子供たちが寝る時間の頃。

そして。
近所に住んでるのはママの姉妹夫婦。



そんな、ある意味女王国家連合的な社会で育ったぼくだもの。
男のくせに女々しいわ女々しいわ🤣🤣🤣

よくもまぁ、そこまで女々しくなれたもんさ(笑)



それでもね、一人の人間、個人として。
トータル的に平均より劣った人間にはなりたくないんだ。

もちろん至らないところだらけだけど。
やっぱ、心のこもった人間でありたい。



さ、旅はまだまだ続くよ~♪

死んだら冥土の土産にしたい

Live Albums Best3 と言うのがぼくには存在する。
そして、この三枚は20代の頃から未だ不動のもの。

これに引けは取らないアルバムはあれど、三途の河を渡る時に聴きたいライブにランクインするものは今まで出会った事がなかった。



そんなぼくの三枚を。

まずは1枚目、ジョージ・クリントン率いるP-FUNK軍団、パーラメント名義で1977年にリリースされた“Live: P-Funk Earth Tour”

ユーモアに満ちたおふざけ集団だが侮るなかれ。
音楽的には超がいくつも付くようなエリート集団なんだからやってる事はマジでヤバい連中w



個人的に、アルトサックス奏者のメイシオ・パーカーの存在が大きい。
あのジェームス・ブラウンが自身のライブでさ、メイシオに対してこんな言葉を残してるんだから。

“Blow Maceo! Maceo, blow your horn!!”
「吹け!メイシオ! メイシオ、お前の出番だ!!」

キングムーで観たあの夜はほとんど覚えてないww
酒が進んでさ、もうただのベロンベロンだったから(笑)

でも、あの夜がマジで最高だったことだけは覚えてるw

あと、ブーツィー・コリンズとバーニー・ウォーレルの存在は外せないか。



このアルバムさ、瞬間的な爆発感がほんとヤバい。
オーディエンスの熱狂ぶりを聴けば一目瞭然。

彼らの目の前で何が起きてるのかが容易に想像つく一枚。



2枚目は、1974年にリリースされたマーヴィン・ゲイの“Live”
これまたヤバいんだな、マジで、恐ろしいくらいオーディエンスの呼吸が、感情が詰め込まれた一枚。



女性のキャーキャー声なんてさ、ほんと黄色い声(笑)
アンタ、脳みそ中の血管切れちゃうよ?ってくらいの勢いでみんな叫んでるからね。

あれ絶対みんなシッコちびってるって(笑)(笑)



そして3枚目、アレサ・フランクリンの”Amazing Grace“ 、1972年リリースの作品。

昨年天国に行ってしまった彼女が数多く出したアルバム、その中のライブアルバムの中でも孤高にて最高の声高き名盤。

教会でゴスペル合唱隊を引き連れてのライブはあまりにも生々しく、人々の熱狂がじわじわと燃え広がり、興奮のるつぼと化す様は圧巻なんてものじゃないよ。



でも今回困った事が起こったんだな。

新たにとてつもない素晴らしいアルバムに出会ってしまったんだ。
それも2枚ww



どちらもサム・クック、一つは1963年にレコーディングするも内容が物議を醸しお蔵入りとなり、1986年、サムの死後22年の時を経てリリースとなった”Live At The Harlem Square Club“

もしかしたらこれ、自分の中で現在までの1位かもしれないと思えるほど心を揺さぶられえぐられた1枚。

そして、この翌年1964年にリリースされた” Sam Cooke At The COPA“ である。



自分で3枚と決めたんだから2枚削らなければならない。
でも絶対に削られないのである。

ってかさ、3枚しか持てっちゃいけない理由はない訳で。



だから平成も最後という事で企画変更~(笑)

自分が死んだら冥土の土産にしたいLive Albums Best 7 ‼︎‼︎



え、5枚じゃなくて?
3 + 2 = 5だろうが!?

いや、増やせるならさ、持って行きたいのが確実に2枚あるんさww



オーティス・レディング、”In Person At The Whisky A Go Go“

そして。
Led Zeppelinで、“The Song Remains The Same ~永遠の詩”




いやぁ、なんか熱くなって来たw

当分寝れそうにないな😂😂😂😂😂

生きると言うこと

生きると言うことは。
自分より先に旅立つ人を送るというシチュエーションからは避けられない。

そして、生きる年月に比例して人は別れの数が増えるんだね。



でもさ、それは悲観しちゃいけないんだよね。

でも、だけど。
そんなの慣れることなんて出来ないし無理!



人との別れはさ、悲観しちゃいけない。

それはさ、亡くなった方の話だけでもないと思うんだ。
ぼくの元から離れて行ったすてきな人たちも然り。



楽しかろうが嬉しかろうが、悲しかろうが泣きたかろうが。
ネクストステージへ向かうステップだと思いたい。

人との別れ、それは。
次に待っているネクストステージへの乗車切符を手に入れたと信じたい。



何かに書いてた。
例え、今はこの錆びついた引き金を引けずにいても。

いつかやがてその引き金を引く時は必ず来る。
慌てることはないのである。



その時が来たらさ、力いっぱいその引き金を引くだけ。

恐る事はない、神様だってサイコロ振って決めてるんだ(笑)
なるようになる。

やがて訪れるそのネクストステージがさ、居心地がいいのかどうかの保証はないけど。

どうせ今に満足してるんじゃないんだから同じだよねww
進んでみる価値はありそうだ。

どう書いたら柔らかい表現で

自分の思ってることを人に理解してもらえるか。

そこが悩みのタネである(笑)
そんくらい鬱憤溜まってるっつー鼻血。



鼻血だって??
おいおい参ったな、奴さん怒り過ぎて頭に血が上って鼻血まで出ちまったって言うんだから相当なもんだ。

え?
鼻血じゃなく話だって?

あ、鬱憤溜まってるっつー話ねw
聞くから続けておくんなまし。



なんかふざけてるけどさ、かなり根が深い話っていうか。

肩書き付いてる野郎ってさ、大抵無能なくせして無礼な輩が多いのはなんでだ?

きっと、素晴らしく才能を発揮してる方は多いはず。
しかしね、ぼくの周りになると一変、なんだこの野郎は?

そんなのばっか。

あなたの仕事ってそこですか?
あなたはどう言う解釈でその仕事を?


あ、そっか。
ぼく自身のレベルが低いからここにいるんだった。

それを踏まえて言わなきゃね、ぼくが居るのは世界の末端だった(笑)



だとしてもさ。
役職付いた人間が何言ってるんだよって低脳な状況の中で生きるのはさ、やっぱ心が苦しくなる。

そんな野郎がだよ、「取締役◯◯」だかなんだって役職付いた名刺をそこら中にばら撒いてさ。

言葉だけは下手に「お願いしますよ」ってさ。
事務所戻ったらクライアント相手の話をアイツらバカなんだよってね。



末端かもだけどさ、生きて来た自分なりの目線で言わせてもらえたらさ。

バカなのお前だぜって話。



クライアントの方相手にさ、相手が自分より歳下なのをいいことにタメ口聞いて命令口調で指示出したくらいにして。

すみません、仕事くれてるのあの方所属してる会社ですぜ?

お前、マジでだいじょぶか?



名刺に役職付いたくらいで偉くなった気になってるんじゃねーよ。

仕事出来る気になってるんじゃね!!



そろそろぼく、本気で嫌な気分になって来ちゃった。



※この内容はフィクションのようもであり、登場する人物はこの世に存在しないものとしておきますw

新元号、決まる

どうなの?

正直な感想が聞きたい、知りたいw



ありがたいと思った?

この時代に生きるんだって思った??



ま、今更なに言ったって変更は無い訳だし。

今更何言っても変わらない訳だし。



さて、どうしよ?

死ぬまで生きるさww

最後の1か月、そして

午前0時を回って、平成最後の1か月が始まった。

そして明日の昼頃にはさ、新しい元号が発表される。



なんか気持ちは複雑。

少なくとも。
よし、新しい時代を生きるぞ!
なんて気持ちはサラサラないなw



これからどう生きるか。

これから考えるさ。

昭和に生まれ平成の育ち

3月もあと二日。

そして。
残り1ヶ月を残して、平成という時代が終わろうとしている。



平成元年3月、高校を卒業したぼくら世代は、いよいよ大人の仲間入りを果たしたのである。

これで親からガミガミ言われることもなくなった、自由を手に入れた!!
と嬉しかった反面、それこそ保育所から毎日一緒だった友達や、先生達と戦った仲間ともお別れなんだと言うなんとも言えない気持ちが激しく交差したこと。

まるで昨日のことのように覚えている。



自由になって気づいたこと。

まずあげなきゃいけないこと、それは。
親のありがたみ、である。

時間になると黙っててもメシが食えたこと。

金を手に入れなければ食べることも飲むことも出来ないこと。
また、どんなに働いたって、多くは税金やインフラ代に消えること。



稼いだ金から所得税なんて引かれること初めて知ってさ、強い憤りと怒りを感じたっけ(笑)



それでも、食う金や寝る時間までも削って夢を追いかけたり。

ない金をはたいてオシャレしてカッコつけて。
大好きな君に嫌われないように背伸びをして。

恋に落ちて、自分が守りたいもの、守るべきものってなんだろう?
って、色んな気持ちと葛藤して。



景気は落ち込む一方、生活なんて全然良くなんてならず。

やっぱ親や先生が言ったように大学行った方が良かったんだろうか?
いや、世の中は学歴なんかじゃないってさ、肩で風を切って強がって見せてた時もあった。



それでもなんとか。

今も生きてるあら不思議ww



ガキの頃さ、こんな歌があった。



戦争が終わって ぼくらは生まれた

戦争を知らずに ぼくらは育った



考えてみたらさ、ぼくらの親の世代はなんの違和感もなく頭の上をミサイルが飛び交って。
食べるものなく、親から離され人里離れた田舎に疎開して。

そんな昔の話じゃないんだよな。



そんな子供たちが大人になって、一気に日本を先進国の仲間入りさせたんだ。

そうして豊かな時代になって、何不自由ない時代に生まれることが出来たことは。
もっと感謝しなければいけないのかもしれない。



そうしてぼくら世代が大人になって。

日本は以前より豊かになって幸せになっているのだろうか?
ぼくらは、今の子供たちが大人になる頃までに何かを残せるのだろうか。



水準は分からないが、戦争の時代より裕福なのは間違いないことだと思う。

でもさ、生活は貧しくなくても心の貧しい人はどんどん増えてるような。
そんな気がしてみたり。

自分が良ければそれでよし。

そんな世情に感じる今日子小泉…いや、今日この頃である。



ここで。
以前ネットで見つけた昭和天皇とマッカーサーとのやり取りの記事を抜粋する。

何度読んでも涙が溢れ出るんだな。



昭和20年9月27日のことです。
昭和天皇が一人の通訳だけを連れて、マッカーサーのもとを訪問されました。
「ついに天皇をつかまえるべき時が来た」
事前に連絡を受けていたマッカーサーは、二個師団の兵力の待機を命じました。



この時昭和天皇は、処刑もしくは暗殺。
いずれにせよ、殺される運命にあったそう。



通訳一人のみを従えて到着した陛下に対し、椅子に座って背もたれに体を預け、足を組み、マドロスパイプを咥えた姿で迎え入れ、意図的に陛下をあからさまに見下した態度で出迎えました。

そのマッカーサーに対し、陛下は直立不動の姿勢をとられました。
そして国際儀礼としてのご挨拶をしっかりとなさられたうえで、このように仰せになりました。



「日本国天皇はこの私であります。
 戦争に関する一切の責任はこの私にあります。
 私の命においてすべてが行なわれました限り、
 日本にはただ一人の戦犯もおりません。
 絞首刑はもちろんのこと、
 いかなる極刑に処されても、
 いつでも応ずるだけの覚悟があります」



弱ったのは通訳でした。
その通り訳していいのか?
けれど陛下は続けられました。


                                  
「しかしながら、
 罪なき八〇〇〇万の国民が住むに家なく、
 着るに衣なく、食べるに食なき姿において、
 まさに深憂に耐えんものがあります。
 温かき閣下のご配慮を持ちまして、
 国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように」



マッカーサーは驚きました。
世界中、どこの国の君主でも、自分が助かりたいがために、平気で国民を見捨てて命乞いをし、その国から逃げてしまうのが常識です。
ところが陛下は、やれ軍閥が悪い、やれ財閥が悪いという当時のご時勢下にあって、
「一切の責任はこの私にあります、絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処せられても」と淡々として仰せになられたのです。



マッカーサーは、咥えていたマドロスパイプを、机に置きました。
そして椅子から立ち上がりました。
そして陛下に近づくと、今度は陛下を抱くようにして座らせました。
部下に、
「陛下は興奮しておいでのようだから、
 おコーヒーをさしあげるように」
と命じました。



マッカーサーは今度はまるで一臣下のように掛けていただいた陛下の前に立ち、そこで直立不動の姿勢をとりました。
「天皇とはこのようなものでありましたか!
 天皇とはこのようなものでありましたか!」
彼は、二度、この言葉を繰り返したそうです。



そして、
「私も、日本人に生まれたかったです。
 陛下、ご不自由でございましょう。
 私に出来ますることがあれば、
 何なりとお申しつけ下さい」と言いました。



陛下も、立ち上がられました。
そして涙をポロポロと流しながら、
「命をかけて、閣下のお袖にすがっております。
 この私に何の望みがありましょうか。
 重ねて国民の衣食住の点のみに
 ご高配を賜りますように」
と仰せになられたのです。



そののちマッカーサーは、陛下を玄関まで伴い、自分の手で車の扉を開け、陛下をお見送りしました。
そして、あわてて階段を駆け上がると、これまでのGHQの方針を180度変更するあらたな命令を下しています。

このことがあったあと、マッカーサーは、
「陛下は磁石だ。
 私の心を吸いつけた」
と言ったそうです。



昭和が終わる時、とても切ない気持ちになったのをよく覚えている。

平成が終わる時、どんな気持ちで新しい時代を迎えるのだろう。

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